ツール・ド・フランス物語

曲げわっぱな日々

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2003年、ツール・ド・フランスを現地で観戦した。



10日間は瞬く間に過ぎ帰国、新宿から乗る予定の電車にはまだ小一時間余裕がある。適当に入った本屋で「ツール・ド・フランス物語」が目に入った。
あの熱気にもう少し浸っていたい。軽い気持ちで購入し、ホームで読んで時間をつぶすことにした。
この本はツールに関わる様々な人物に焦点を当てたノンフィクションだ。
選手、監督、ジャーナリスト、その家族。
その中に若かりし頃のランス・アームストロングのルポもあった。癌になる前だ。
もちろん今の様なスーパースターではなく、将来有望な新人選手として紹介されている。
彼は1996年のツールを途中棄権していた。
ツールの期間は3週間、数日の休息日以外は連日100キロから200キロ近く走り、総距離は3000キロ以上にもなる。
一度止めれば、そこでレースは終わり。
キャリアの浅い選手がこのレースを完走することは難しいし、それができなかったといって選手落第というわけでもない。
彼は2日間の山岳ステージで回復不能なほど消耗し、レースから去った。
とはいえツールの経験は得た。選手生活はこの先長く、チャンスはまだあると思われていた。
彼の個人TT(個人タイムトライアルのこと・集団ではなく一人で走りタイムを出す)の成績は
当時のTTスペシャリストだったインデュラインと6分もの差があり悔しがっていた。
しかし若いランスはあくまで前向きに言う。
「毎年1分タイムを縮めていけば、そうだ、1分でいい。僕が30歳になれば9分速くなる!」
この希望に燃えた若い選手は、数年後は癌に倒れ、壮絶な闘病を経験する。
「何とかなる、インデュラインにだって勝てるぞ!」
選手生命の危機どころじゃない、死の淵まで見ることになる。でもこの時の彼はまだそれを知らない。
数年後に奇跡のように復活、再びツールに帰ってくる。それどころか、5回も勝ってしまう!

耳の奥から、アメリカ国歌が聞こえてきた。
2003年のツールで、ランスは5連覇した。
私のいた場所からはポディウム(表彰台)は見れなかったので、
遠くの方から国旗掲揚と共に流れてくる音楽を、目を閉じて聞いていた。
数時間前に私の眼前を走り抜けていった2003年の彼ではなく、1996年の彼を思う。
本の中の無邪気な青年の、その後の苦難と栄光を思う。
彼は数年後、この曲をポディウムの頂点で聞く。
この先辛いことがたくさんあるけど、夢は叶うよ!だからがんばって生きて。
フランスでツールを見ていたときは一度も泣いたりしなかった。
しかし、若い彼の未来を祈るうち、こみ上げてくるものがあった。
夜遅い時間のホームはがらんとしている。人けがないのを幸いに、だらだらと涙を流しながら同じページを見つめた。
ツール・ド・フランスは、無数の人々の憧れと、希望と、執着を飲み込んで、
毎年フランスをtour(回る)しているんだ。
ランスの半生を垣間見て、ツールがこれほど巨大なスポーツイベントになった理由が分かった気がした。
2003年以降も彼は勝ち続け、2005年に7連覇を達成した後、現役を引退した。
しかし2009年に37歳で復帰、同年のツールでは3位に入る活躍。
今年でツール参戦を最後にすると発表している。
彼がいるツールを見られるのは2010年が最後だ。

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